金融 IT
2025.11.11
コミュニティを育て、コミュニティを活用して金融を変えたい【FITA 山口理事長インタビュー】
金融分野におけるITの課題は多岐に亘っており、それらの解決に向けた速やかな対応が求められています。日本銀行を退職後、独立して会社を経営する傍らで、「特定非営利活動法人金融IT協会(FITA)」を設立した山口理事長に、その設立目的や今後の方向性について伺いました。
- プロフィール
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- 山口 省蔵
- 特定非営利活動法人金融IT協会 理事長
- 1963年、東京生まれ。1987年、上智大学法学部卒業後、同年日本銀行入行。金融機関の考査、モニタリング部署を経験。2011年金融高度化センター企画部グループ長、13年金融高度化センター副センタ―長に就任。2018年日本銀行を退職。株式会社金融経営研究所を設立、所長に就任。23年特定非営利活動法人金融IT協会理事長に就任。
[金融IT協会(FITA)理事長 山口 省蔵]

日本銀行勤務時代に学んだ金融機関の「本音」
――日本銀行勤務時代に金融機関に対して感じたことを教えて下さい。
考査部署に在籍していた頃、金融機関に対して改善点を指摘すると、その部分だけを言われたとおりに直すに留まり、同じ文脈で考えれば、見直さなければならない部分が他にあっても、それは放置されていました。その場では「わかりました」と言っていたとしても、腹落していなかったのだと思います。足りないところを指摘するというアプローチだけでは、相手の気持ちを変えることはできませんでした。
金融高度化センター在籍時には、金融機関向けにセミナーを開催しました。アンケートには「日本銀行の理屈は理解できるが、実務はそうはいかない」という声が寄せられました。そこで、登壇者を日本銀行員から金融機関の実務家に変えたところ、「自分たちも挑戦してみたい。上にも働きかけてみる」との反応が得られました。課題を指摘するより、現場の熱い物語が人を動かすのだと実感しました。
さらに参加者から直接「ありがとう」と言われたことが心に残りました。国民全体がカスタマーである日本銀行では、こうした感謝の言葉に触れることはなく、それが私に「この仕事をずっとやっていきたい」と強く思わせた瞬間でした。7年間の金融高度化センターでの勤務後に退職した際、この思いをもって「金融経営研究所」を設立しました。
独立と金融経営研究所の設立
――独立した際の苦労について教えて下さい。
初めから退職したら独立しよう決めていましたが、民間としてセミナーを開催する場合は無料ではできないし、日本銀行の看板も使えません。金融専門誌で「熱い金融マン」を紹介する仕事も始めたけれど、暮らしていけるほどの収入にならない時期もありました。
現在の金融経営研究所の中心ビジネスは「対話を導入する人材開発プログラム」の提供です。縦割り組織が根強い多くの金融機関では、本音を聴き合う「対話」が欠けていることが最大の課題だと考えています。
本音で話し合える環境が「人」と「組織」を成長させる
――なぜ金融機関は対話ができないのでしょうか?
1つには上下のヒエラルキー(ピラミッド型の階層組織)がしっかりしていることにあります。この仕組みは、デジタル以前の時代では最もコミュニケーション効率が良かったのです。ピラミッド型組織では、縦割りのラインで仕事をするため、上司の指示が部下に徹底されやすい構造になっています。トップが直属の部下に指示したことが階層に沿って順に組織全員に伝わっていきます。情報伝達手段が人づての時代であれば、大きな組織を少人数で統率するのに効率的で良い方法です。ところが今、デジタルを使えば、瞬時に数万人にも伝わっていく時代。そうなると、これは必ずしも優れた仕組みとは言えません。
本音が言えない組織は、成長しにくいものです。現場で実際に起きていることであっても、上司の耳障りが悪そうであれば、部下は伝えることを躊躇します。金融危機で倒れた金融機関は「本音の話合い=対話」ができない組織でした。リーマンショックの3、4年前から、サブプライムローン問題の課題を指摘する声はありました。サブプライムローン問題が顕現化したパリバショックからリーマンショックまでも1年ありました。方針転換のチャンスは山ほどあったのに、破綻した金融機関では、「もう、やばいんじゃないですか」という話し合いが行われなかった、ということです。
本音での話合いと組織成長の関係については、「心理的安全性」で有名なGoogleの調査プロジェクト「プロジェクト・アリストテレス」でも証明されています。「生産性が高いチームは優秀な人を集めたチームではなく、誰もが何でも自由に言い合える関係性を作っているチーム」でした。個々の担当者の能力開発より、本音で話し合える環境を作った方が組織は成長するということです。それがまさに金融経営研究所が提供している「対話を導入する人材開発プログラム」です。

金融IT協会設立とコミュニティづくり
――ITに関わり始めたきっかけは何だったのでしょうか?
日本銀行の金融高度化センター在籍時には、事業者支援、ABLなど多様なテーマに取り組んでいました。その中の1つとして、「ITを活用した金融の高度化ワークショップ」という勉強会も開催していました。金融機関では、システムコストが高いにもかかわらず機能がレベルアップしていないなどの課題が存在しており、このテーマで話ができる民間の金融IT関係者を探し回りました。その方々をお招きし、ワークショップを3~4年間継続して開催しました。これが金融IT人脈の構築につながり、金融IT協会設立にもつながっています。
――金融IT協会設立の経緯を教えて下さい。
前身の「NPO金融ITたくみs」で理事を務めていたことから始まります。
このNPOの理事長が2023年1月に亡くなり、残された理事の多くが高齢だったこともあり、NPOを解散する方向で準備を進めていました。NPOに若干の残余財産があったので、この寄付先を探すなかで※、「金融とITの両方に関わるNPOは、日本に自分達しかいない」ことに気づき、「このNPOを潰したらもったいないかも」と思い、周りの方々と相談した結果、「NPOの活用価値はある」との結論に達しました。「コンセプトの変更」「事務局の設置」「法人会員の増強」「検定の実施」などの方針を打ち出し、理事会での解散決議を撤回し、名称を「金融IT協会」として再スタートを切ることにしました。コンセプトについては、旧NPOが「レガシーシステムのノウハウを次世代につなぐ」としていたものを「金融ITに関わるすべての人に組織の枠を超えたコミュニティを提供する」に変更しました。
2023年8月頃から、協力してくれそうな人達に声をかけ始め、2023年10月には事務局を起ち上げました。2024年1月末を対外活動開始日に設定の上、2023年12月末から会員集めを本格化し、1月末の段階で会員数50~60社の目途がたちました。
※NPOの寄付先は法律上NPOや公共自治体などに限定されている
――金融IT協会の会員は現在200社を越えるほどに成長しましたが、それは時代のニーズに合っていたということでしょうか?
潜在的なニーズがあったのだと思います。金融機関は、IT活用についても自社内で内向きに検討する傾向があります。それでは成果を得るまでに時間がかかるので、領域によっては、みんなが知恵を出し合った方が良いこともあります。多様な情報を共有して、業界全体で成長する形を作りたいと思っています。
もう一つの成長要因は、金融機関の会費を無料にして、参加しやすい仕組みにしていることです。これは、兄弟組織である「金融データ活用推進協会(FDUA)」を参考にしました。
金融IT検定で個人コミュニティを形成
――金融IT検定を実施した利用を教えてください。
NPOの存続を決めた当初から構想していました。金融機関は検定を好む傾向があるので、「検定を行うことによって、金融機関職員が集まる仕組みを作れる」と思い、さらに「集まった人たちにコミュニティを提供したい」と考えました。金融機関という組織の枠を超えた個人のコミュニティの提供、これが金融IT検定の真の目的です。
――今後この検定をどのようにしたいとお考えですか?
「コミュニティを育て、活用して金融を変える」活動を広げていきたいと考えています。金融業界では、時々、お客様を踏み台にするビジネスなどが問題になります。この場合、お客様だけでなく、現場の職員も傷ついているものです。囲いこまれた組織の中で、異論を唱えることは怖いことです。しかし、同じ業界内での個人の横のつながりがあれば、新しい選択を見つけ出すことができます。そうした開かれた世界があれば、金融人としての職業倫理に反する仕事の強制など金融機関はできなくなる、と思います。金融を良い方向に変えていける、そんなコミュニティに育てられたらいいと思っています。
金融DXを社会全体へ波及させる
――5年後、10年後、この業界をどのように変えたいとお考えですか。
システムコストの高さの割に機能アップが限定的という金融ITの問題を、システムのモダナイゼーションで打破したいです。そしていずれ、「世界最先端の金融は日本にある」と言える未来を実現したいです。さらに、金融機関におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)のノウハウは、取引先企業へのDX支援を通じて産業界全体へ展開できます。つまり、金融の持つレバレッジを活かせば、日本全体を成長させることが可能になると思っています。

大切にしている価値観と後輩へのメッセージ
――ご自身で大切にしている価値観を教えて下さい。
「他者の本音を聴く対話」を大切にしています。現場で起きていることを最も理解しているのは一番下にいる人です。本音が言い合える組織創りのためには、トップが率先して「部下の本音を聴くこと」が大切です。
――最後に、金融ITに関わっている人へのメッセージをお願いします。
ぜひ組織の枠を越えて多くの仲間を作ってください。それは、皆さんの将来に渡っての人生の財産になるはずです。
(聞き手:グッドウェイ 取締役副社長 渡邊 素行)








